お問い合わせ先

電話・FAX

097-582-1824

 

メール

chikurinbatake@yahoo.co.jp

2018年

1月

31日

名前のない料理店と給食

 名前のない料理店での1皿。うちのピーナッツとクリームチーズ以外の野菜が全てうちの野菜。小島のシェフの手によって、うちでは食べたことのない味に仕上がっておりました。毎回野菜の少ない時期であまり出せなかったのですが、今回は1皿できるくらいお野菜を出すことができました。

 

 いつもは父ちゃんですが、今回は母ちゃん初参加!お皿と合わせるられるお酒もソムリエさんが1杯1杯考えられたカクテルだったり、ヴァンナチュールのワインだったり。今回は仕事の話もあっての参加だったけど、みんなで囲む美味しい食事と、美味しいお酒、ゆっくりと食べながら、飲みながら、お話をしながら楽しいひと時を過ごさせていただきました。

 小島さんの技術によって作られた一皿、一皿は時間と手間を惜しみなく使い丁寧に作られています。普段食べるものとは違う組み合わせだったり、いつもとは違う野菜の味を楽しむことができました。人参一つでも1皿になったりと料理人さんの技術の凄さには驚きます。

 

 料理に関して私がどうこういうよりも、一度お店に来ていただければわかると思います。来ないともったいない!とだけ言っておきましょう。

 もう1つ。小島シェフを招いてのユフトモーニ給食。こちらは日曜日に親子参加で開催しました。親子でお料理教室?の当たり前のものではなく、メニューなし、自分で目の前の食材を選び、メニューを考えてみよう!!というのがユフトモーニ給食。私たちはサポート役で参加させていただきました。

 

 打ち合わせ当初、「みんなにメニューを考えてもらう時間が欲しい」と言われた時は、はたしてできるのだろうかと不安な気持ちもありました。いざやってみれば子どもたちを中心に、メニューが決まりみんな包丁を持って大人と一緒に料理を作り上げていきました。

 

 メニューを決めてから食材を買う。そうではなくて、あるものから想像して料理を考える。これは私達が日頃からやっていること。最近はレシピサイトも充実して、メニューありきで料理をしたり、レシピがないと作れない人がいるという話を聞きます。レシピサイトはとても便利です。でも、レシピサイトばかりをあてにしてしまうと自分で考えることができなくなりませんか?そこに書いてある食材リストは旬の物ですか?スーパーに行けば大抵なんでもそろう、旬がわかりづらくなるのはちょっとした日々のクセが原因なのかもしれません。

 

 全て旬のもので料理を作ってほしいとは言いません。でも、たまには野菜から料理を想像して、メニューを考えてほしいなと思っています。直売コーナーで見ればだいたい今の時期の野菜がわかってきたりします。味も季節によって変わったり、そのときにしか無い野菜もあります。そういう野菜を手にとって、今日は何を作ろう。この野菜ならこの料理がいいなとか楽しい想像して野菜を手に取って欲しいのです。

 

 最近、高い、高いと言われる野菜ですが、値段ばかりに目を奪われていませんか?「最近、野菜高いわね」と言われるよりも、その後ろにある背景を考えたり、想像していただけると私達生産者はとても救われるのです。野菜の出荷先で話しかけられたお客さんは「野菜高いわよねーでもここのは美味しいから今日は安くて助かるわ」たまたまサイズが小さかったから値下げしていたのですが、こんな風に「高いわね」だけじゃない一言をかけていただけることがすごく嬉しいのです。今はたくさんのものや情報が溢れています。便利なもの、目の前にあるものだけをみるのではなく、少し考えてみる。そんな時間も今の時代には必要な気がします。

2017年

8月

30日

食料消費力

食べる技術が試される野菜、冬瓜!

冬瓜の味を楽しむよりも出汁の出来具合を確かめるために冬瓜がある気がする。

立場が変われば見え方も変わる。

 

関東の方では天候不順の影響で野菜の値段も上がってるようですね。

これだけ記録更新続発の天候ばかりなので、いつどこで供給不足が起きてもおかしくない状況です。昨年も北海道のポテト騒動が落きたばかり。

 

たぶんそろそろ「家計への影響が・・・!」ってテレビで騒がれ始める頃かもしれないけど、生産者的には小売価格の高騰は利益につながるような単純な話ではないのです。

出荷できた分の野菜はいい値段がつくかもしれないけど、病気・障害の出た畑での収穫の手間、廃棄の手間プラス精神的苦痛など減収分以上のコストを補ってるわけではないんです。

 

話は変わって、食料自給率って言葉。

これも農家という立場になって見え方が変わってきました。

 

消費者側(なぜか分析してる側っていう上から目線)だった時は「この国の一次産業には食料の半分もまかなう力はない」という数字なわけだったけど、ガラッと見方が変わった。

 

「この国の人たちは自分の国の食べものを半分も食べることができない。外国の食べものがなければ生きていけない。」

 

食料自給率を「食料消費力」という言葉に置き換えたらどうでしょう?

食料消費力40%以下=消費者側に国産を食べる能力はどれだけあるかという数字に見えてきたんです。

 

毎食国産食材の手作りの食事なんて可能なのはセレブか農家どっちかだ。

 

自国の食べものを消費できない恐ろしい理由もいくつか目の前で見えるようになってきました。

金銭的に割高の国産に手が伸びないという現実的な問題。子供食堂なんて子供だけの貧困問題ではなく、ワンコインで食事を済まさなければならない大人も追い詰められてるよね。

 

経済的な理由でもう一点。

食事を楽しむ時間がないこと。食事って食材を選んで、調理して、家族とか仲間が集まって、やっと始まることだと思います。大まかに三段階に分けただけだけど、どれかをはしょるかアウトソーシングする場合がほとんどでしょ?

 

そして、技術がないという根本的問題!

魚が捌けない、出汁がとれない、そもそも道具持ってない。

生魚を食べるような包丁技術とか衛生に対する意識とか、箸が使える器用さとか。本来「食べる」ってすごい技術の集大成だと思うんです。

その地域の食材や空気感に合った調味料とかお酒とかがあって、その繊細な違いを楽しめる味覚=技術が失われているという安全保障に関わるほどの危機が迫ってます。

 

 

国内の胃袋の総量が減っていってるわけで、今後の産業や社会の運営をどう変化させていくかという課題は農業以外の業界でも議論されているはずです。

農業も仕事です。選択されないなら消えていくのは他の商品と同じこと。

海外に食べものを頼ることが悪いとはあまり思ってません。だけど、食べものに関わる選択にはきちんと自分の意思で関わってくれる人が増えたらいいなと思います。

2017年

8月

14日

ズッキーニのこぼれ種

しばらく天気が悪くなりそうなので、お盆まっただ中ですが人参の種まきを前倒しで進めることに・・・

 

例年の竹林畑の冬人参は年末ころをターゲットにしているのと、秋雨前線の雨を目当てにしてるという2つの理由で8月後半頃に種まき開始しています。

できれば早めに始めたいのだけど、軽トラで運ぶ水だけじゃどうしても播種後の灌水が足りません。

 

ちょうどいい雨が降り出しそうなタイミングを見計らって蒔いてしまうのがうちの人参の最初の難関!予報が外れて降らなきゃ水タンクの軽トラ輸送に拘束され、昨年みたいに降りすぎれば発芽さえ待たずに流れてしまったり。

 

今年はいいかんじの雨になりそうです。

 

種まき準備で最後の耕耘しようと思ったら、前作のズッキーニのこぼれ種が発芽してました。シーズン終了後に樹になったままのズッキーニが残した種です。

こちらはなんの手もかけずに「自然」に発芽したズッキーニ。

 

「自然」に放っておけば寒さがやってくる前にもう一世代ぶん命が受け継がれるはずです。

農家になる以前に持っていた自然=良いものみたいなイメージが今ではなくなりました。

自然はしたたかで、思ってる以上に力強いんです。そして、野菜は自然ではない、ということ。

 

野菜はそれぞれの農家の「こういう野菜にしたい!」っていう思いの結晶です。けっして自然にそういう風にできるわけじゃありません。

 

このズッキーニのこぼれ種は8月の中旬に発芽しました。

だけど、僕らが販売用に作ってるズッキーニの発芽は3月中旬。ズッキーニの種にとってはまだ寒すぎる時期に温床で無理やり発芽させ、暖かい温室で無理やり大きく育ててから畑に移動させます。

 

自然なズッキーニの発芽を畑で待ってたら梅雨前ころにやっと発芽、ここらの地域だとカラカラに乾いた夏頃に収穫時期を迎え、あんまり美味しくないと思います。美味しいかどうかって、ズッキーニにとってはどうでもいいこと。

自然であることと人間にとって良いことはまったくの別問題です。

 

そもそも野菜って、人が「もっとこうだったらいいのにな」っていう思いがあるからこそ、選別され進化して世界中にひろまった食べもの。自然の草じゃ嫌だから産まれてきた生き物たちです。

そんな彼らに「自然がいいよね」とかちょっとめちゃくちゃすぎる。

 

自然から離れた暮らしをしてた頃は、自然のありがたみとか自然の素晴らしさに目が行ってしまってました。だけど、この暮らしをしていくうちに自然に対して公正な判断をしていきたいなと思うようになりました。

2017年

7月

26日

農業と子育て 親方からパートナーに

うちには5歳と2歳になるこどもがいます。仕事の農業の方は妻と自分2人でなんとかやりくりしてます。

いやぁーほんと仕事と家庭の両立は大変だなと日々実感しています。

 

農業研修終え、農業バイトしながら独立に向けた準備期間中に長女を授かり、母ちゃんは仕事よりも子育てに重点を置いた生活に入りました。

畑が決まり、2回の引っ越しを経て今の暮らしが落ち着きはじめ、下の子の保育園生活も安定してきたのでやっとこさ2人で仕事の現場に入ることも多くなってきました。

 

ところがどっこい、仕事・暮らしとも共に飛び出して・飛び込み同じ方向を向いてたはずの2人の新婚カップルだったはずですが、この数年の激動に2人の間には氷河のような溝と壁ができあがっていたのです。

いや、仲はいいんですよ。

 

家の事は任せた!と割り切って畑だけに向き合ってがむしゃらにやってきました。満足な成果は上げてませが・・・

5年のハンデのある母ちゃんに、いきなり同じレベルの技術も視線も要求するのは無理があります。そんな考えは古いのかもしれないけど、じっさい「見て覚えろ」的な世界で覚えてきたこと、これまで生きてきた中で身につけた感覚的なことをわかりやすく系統立てて説明する技術は俺にはなかった。

だけど、きちんと新人研修してあげて同じ言語で語って同じ視線で畑を見れるようにしてあげなきゃいけないはずなんです。ってことはわかってるのだけど・・・

 

話が飛ぶけど、うちの母方のじいちゃんは生涯現役の職人さんでした。

地方の小さな蒲鉾屋で、典型的な職人。

ちょっと手伝ったことがあるのだけど、「アレ持って来い」(あれって??)「粉じゃ」(いや、、、ここにあるの全部粉なんだけどね)「白いの」(いや、、、だいたい全部白に見えるけど・・・)みたいな職場が少年期の暮らしのすぐとなりにありました。

 

見える化とか数値化とか、必要だってことは理解できます。「感覚を手に入れた人の方が最強」って気持ちを心の奥底で鍵をかけてしまいたいのだけど、もうこれはトラウマのように染み付いちゃってますね。

 

 

 僕らが働く目的は僕らが幸せに暮らすためです。

いまの竹林ファミリーの暮らしの中心は子育てです。子どもたちにこうなって欲しいとか親の希望的なことはあんまり考えたことはないですが、いまこの段階を楽しくハッピーに過ごして欲しいなとだけ思います。

 

暮らしと仕事ががっつり結びついてる生活ですが、子どもたちには僕らの姿をすぐとなりで見させてあげようと思います。

父ちゃんと母ちゃんはこんだけリスペクトし合ってるんだよ、って見せつけてやりたいです。

 

2017年の半年が過ぎましたが、これまでの自分中心の態度も含めて考え直す1年になりそうです。

まずは最強のパートナーである母ちゃんと改めて同じスタートラインに立てるように自分自身が変わることを目指したいと思います。

過去の投稿は左下のサイトマップをご覧ください。