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DIYと化学調味料

山の家に引っ越してきて半月。『薪』に関する仕事(生活)に費やす時間がかなり多い。

 

朝起きたらまず、ストーブの灰掃除。子供用の危険防止柵が邪魔で小さくかがみ、寒い部屋でやるこの作業はしんどい。煙突がススで詰まれば、貴重な休日の朝の1時間は真っ黒になってスス掃除だ。

夕方5時には風呂釜に火を入れ、保育園のお迎えとか残りの仕事とかこなしながら薪を継ぎ足し1時間。それはもぅ最高の風呂ですけどね。

 

そして来年分の薪の確保。材木に適さない防風林のヒノキが近くで手に入るのは幸いだ。だけど、運び出しとストーブのサイズに合わせた玉切りはかなりの重労働。今度の冬までには薪割りまでしなきゃならない。

今朝も「わりと太い枝があるからいるかい?」と呼んでもらったのだけど、重機で積み上げた枝の山から必要な太さのだけを引っ張りだすのは至難の業で、2時間やって軽トラ一台も溜まらず・・・

「石油燃料を買うためのお金を稼ぐために時間を費やすか、薪を作るために時間を費やすか。案外本質は一緒なんじゃね?」なんてチェーンソーを振りながら考え、とても疲れた。

 

自分でやる。Do It Yourself

DIY精神なんていうように、「自分でやる」のが目的なのではなくもっと精神的な気付きが大切なんだと思う。

 

たぶん都市ガスや灯油だけで暖をとる生活を続けていたら、そんな燃料がどこかからやってきて自分家に供給されてるその「過程」に対する想像はそんなに膨らまなかったと思う。どこかの石油王の気まぐれも、先物市場価格も、ガス器具のメカニズムや排気口の外側のこともそんなに考えなくても済んだとおもう。だってガス料金ってそういう手間も含まれてるわけで。

 

DIYとはそんなモノゴトの「過程」を取り戻すことなんだと思う。やってみる、そして知る。

出汁をとってみる、そして化学調味料が馬鹿げた味であること(そしてとても便利であること)を知る、みたいな。

 

現代的な生活を送っているとしても、自らが頼っている仕組みの「過程」について無関心であるべきではないと思う。食べものに関しても同じで、どこでどう作られどういう風に供給されたものなのか。カレー屋のコロッケみたいな問題の時だけ、過程のどっか一部分だけスポットあてるんじゃなく。

 

2016年度の種まきが始まろうとしています。

竹林畑の野菜の価値って、無農薬とか作り方の部分だとは思っていません。

その野菜が、そのタイミングでお店に並んでたり野菜セットに入ってたりするには理由や、過程というストーリーがあります。

私たちは野菜作りのDIYを実践しているわけで、その全ての過程に責任を持った語り部です。昨年は動画「Komatube」をやってみたり、食べるタイムスに参加してみたり、小売用のPOPを作ったりと新しい試みにチャレンジしてみました。

まだまだ不完全で、どんな語り方や伝え方をやっていけばいいのか模索しています。

なんか新しいアイデアが浮かんだら、ことしもチャレンジしてみます。

薪確保の時間に圧し潰されないよう頑張ります。いまさら今年の目標みたいになってしまいましたが、種まき前のこの時期は1年の始まりのようなそわそわ気分なのです。